新元号の「令和」は万葉集のどの部分からきているの?これかな?





Warning: Undefined array key 4 in /home/leibniz/peachcle.com/public_html/wp-content/themes/hummingbird_custom/functions.php on line 75

Warning: Undefined array key 5 in /home/leibniz/peachcle.com/public_html/wp-content/themes/hummingbird_custom/functions.php on line 78

新元号は「令和」となりました。「れいわ」と読むんですね。「りょうわ」かなと思いましたが、「れいわ」です。

平成の時も最初は慣れない人もいたでしょう。これも皇太子が即位して時代が進むとともにしっくりくる元号となるのでしょうね。

出典は万葉集の梅の花の歌からきているということで、さてどれなのか?

これかな?ということで読み下し文と現代語訳を調べてみました。

梅花の歌三十二首并せて序

梅花の歌三十二首并せて序

天平二年正月十三日に、師の老の宅に萃まりて、宴会を申く。時に、初春の月にして、気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。加之、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて蓋を傾け、夕の岫に霧結び、鳥はうすものに封めらえて林に迷ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁帰る。ここに天を蓋とし、地を座とし、膝を促け觴を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然と自ら放にし、快然と自ら足る。若し翰苑にあらずは、何を以ちてか情を述べむ。詩に落梅の篇を紀す。古と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦して聊かに短詠を成すべし。

この部分は、講談社文庫から出ている『万葉集 』(一)の377ページ(巻第五)にあります。

原文では「初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」の部分となるようです。

「令」と「和」の文字があるのがわかりますね。

高校時代に古典をしっかり勉強しておくべきだったなぁ。

次に現代語訳を見てみましょう。

梅花の歌序

梅花の歌序

天平二年正月十三日に、長官の旅人宅に集まって、宴会を開いた。時あたかも新の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。のみならずあけ方の山頂には雲が動き、松は薄絹のような雲をかずいてきぬがさを傾ける風情を示し、山のくぼみには霧がわだかまって、鳥は薄霧に込められては林に迷い鳴いている。庭には新たに蝶の姿を見かけ、空には年を越した雁が飛び去ろうとしている。ここに天をきぬがさとし地を座として、膝を近づけ酒杯を酌み交わしている。すでに一座は言葉をかけあう必要もなく睦み、大自然に向かって胸襟を開きあっている。淡々とそれぞれが心のおもむくのままに振舞い、快くおのおのが満ち足りている。この心中を、筆にするのでなければ、どうしていい現しえよう。中国でも多くの落梅の詩篇がある。古今異なるはずとてなく、よろしく園の梅を詠んで、いささの短詠を作ろうではないか。

講談社文庫『万葉集 』(一)の376ページにあります。全訳の編者の中西進さんの現代語訳となります。

読んでみるとなかなか良い情景が浮かんできそうです。

元号の意味をじっくり味わいましょう!

漢字の「令」の字が命令とかで使われるので冷たい気がしますが、これからすると「令月」からきているようですね。

「令月」とはものごとをはじめるのに良い月とか、めでたい月と言う意味です。それにこれぞ日本と言っていい「和」との組み合わせ。

梅花の歌序を読んでみると、なかなか味わい深いですね。

新しい時代を迎えることの意味がよく込められた元号だと思います。

伝統に従えば漢籍から取るものですが、はじめて日本の文献からの元号。伝統を無視したとも言えるし、日本の文化でもあるともいえます。このあたりの賛否はあると思いますが、そのあたりはのちの歴史よる評価にまかせるとして、どうあれ元号は大切にして行きたいものですね。

以前、作家の竹田恒泰さんは、日本の古典から元号を決めるのは伝統に反するというような話をしていました。伝統を守るということに中国の文化だから日本の文化だからとかいうレベルの話ではないということでしょう。

そんな竹田さんが面白いことにこんなツイートをしています。

日本の古典からであることに意見せず、そのさらなる元である漢文であることを指摘しています。

これはうまい伝統の引き継ぎ方をしたのかなと感じました。

元号の威力の凄さを実感!

今回の改元に関して、大きな出来事ではありますけど発表前まではそんなに盛り上がることでもなく、淡々と1日が終わるのかな?と思っていました。

ところが発表から日本中が大騒ぎ。「令和」にちなんだパッケージを作るとか、この時代の変化をここぞとばかりにあちこちが使うんですよね。日本人はこういうのにあやかるのが本当に好きですよね。

しかも今回は、万葉集が出典になっていると言うことで、万葉集にちなんだ観光なども企画されてるとか。私も上の文章を探すなどしたように、万葉集という日本の文化を振り返ることになりました。ひょっとしたら、今年は万葉集ブームみたいなものもあったりするかもしれません。元号をきっかけに古の日本文化を多くの人が関心をもったりしたわけです。(追記:Amazonなどで「万葉集」本がいきなり品切れになっているようですね。こういうのはいいと思いますよ。)

それだけでなく、海外もニュースで配信したりしてるんですよね。漢字の意味を使って読みだけでなく翻訳もして報道していたりするわけです。そんなに海外のメディアが関心を持っているとは思いませんでしたね。

ほんと、改元の威力、元号の凄さを思い知らされました。

まあ、「令」の文字に文句を言ってる教養の無い愚か者が少し日本人の中にいたことはご愛嬌ってことでしょうか。教養を深めなよ、って言いたいところです。元号は日本の大部分の人が歓迎している訳で、文句言ってるアホなメディアや言論人は、日本を敵に回しているのがわかってないよなぁ。サヨク界隈だけでなく、自民党の石破茂もですよ。ほんと、この人たち無教養の極みですよ。

さて、「令和」は令和元年五月一日からですよ。新天皇が即位してからであって、今日からではありません。お間違えなく。