なぜ「観る」のに「狩り」なのか? 紅葉狩りの意味と語源




秋といえば紅葉ですね。秋が深まってくると、木々の葉が濃淡も色合いも様々な赤と黄が織りなして、山々が美しい紅葉の姿となります。この自然の美しさを鑑賞するのが「紅葉狩り」です。

「紅葉狩り」は、平安時代の貴族による優雅な楽しみのひとつとして始まったとされています。晩秋の紅葉を愛でながら酒を酌み交わして、その美しさを和歌に詠むという宴が催されたようです。

紅葉狩りはなぜ「狩り」と書くの?

もみじは植物学上はカエデのことを指しますが、カエデに限らず、秋に葉が赤や黄色に色づく植物を総称して「もみじ」と呼ぶのが一般的です。

ではなぜ紅葉狩りというのでしょうか?同じ植物を鑑賞する春の桜は「お花見」なのに紅葉は「狩り」とされます。「紅葉狩り」と言われるようになったのは平安時代末期だといわれています。

平安貴族は様々な花を愛でる習慣がありましたが、桜などは邸宅や内裏の中で鑑賞できたのに対して、紅葉は山や渓谷に出かけなければ楽しむことができません。キノコ狩りや猪狩りのようにわざわざ山に足を踏み入れて、赤や黄色に色づいた紅葉を拾い集めました。

このことから、平安貴族は紅葉を観ることを狩りにたとえて「紅葉狩り」と言われるようになったとされています。それからこの「狩り」という言葉には、季節の風物を鑑賞する、楽しむと言う意味が加わるようになりました。

紅葉狩りは男の遊びの口実

平安時代の優雅な遊びの一つであった「紅葉狩り」は、江戸時代中期ごろから裕福な商人を中心として庶民にも広がりました。

江戸幕府八代将軍徳川吉宗が現在の東京都北区にあたる飛鳥山に数千本の紅葉を植えたのをはじめとして、東京都台東区の下谷の正燈寺、品川の海晏寺などは、紅葉狩りの名所として人気を高めました。晩秋には多くの人がお酒やお弁当を持ち寄って集まり、桜のお花見と同じように飲めや歌えの大騒ぎの宴を催すようになりました。

江戸の男性にとっては、紅葉狩りは遊郭での遊びの口実にもなったようです。紅葉の名所である下谷の正燈寺は吉原に近く、品川の海晏寺も品川宿の遊郭のそばに位置しています。ですから、紅葉狩りを茶屋遊び(廊遊び)の言い訳に使う男性は多かったようです。江戸の古川柳にも「紅葉狩り 例年行けど いまだ見ず」と当時の様子がおもしろおかしく詠まれています。

最後に

紅葉狩りの語源、平安時代の風習から来ているとなると、なぜ「狩り」なのかが納得できますね。日本の言葉の使い方らしい成り立ちのように感じます。

ただ最近は気候変動の影響か、紅葉の季節がズレたり短くなったりしているというニュースも多くなってきました。このあたりはちょっと気になる話題ですね。さて、今年の紅葉狩りはどこへ行きますかね? =>楽天の紅葉特集で宿探し