「世の中お金じゃない」を考えてみる

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お金

世の中お金じゃない。

ただ、お金が無くていいということでもなさそうだ。「世の中お金がすべて」「世の中お金が大事」などとも当然言われてるわけです。

では、「世の中お金じゃない」ということについて少し考えてみたい。

「世の中お金じゃない」という場合、お金に執着しない生き方を主張することが多そうだ。

しかし、本当はその逆ではないかとも思う。

お金があってはじめて「世の中お金じゃない」と言えるのではないだろうか。

何かを作るとしよう。

それには資金が必要だ。何かを作るにはお金が要る。

そこで資金が集まったとしよう。

それだけでその何かを作ることができるだろうか?

お金があってもその何かを作る技術がなければできない。

技術があってはじめてお金が生きてくる。

よく、「○○をしなければ、それに使ったお金を使って△△をすることができた」みたいな後悔話を聞くことがある。

これはあり得ないことだろう。

この△△を実現するだけの能力が果たしてあるのだろうかということが問題になる。

ここではじめて、お金があっても意味がないという理屈になるのではないだろうか。

「世の中お金じゃない」ということは、お金とは無縁の生き方を示しているのではなく、まさにお金を使うことが前提になっている話ではないかとも思えてくるのだ。

間違ってたら勘弁な!

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