「ほっしゃん。」の改名から考える名前の人生哲学

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命名

「ほっしゃん。」の鼻からうどんを吸い込んで口から出すという芸を最初に見たときは腹を抱えて笑ったものですが、その「ほっしゃん。」が芸名を「星田英利」に改名しました。

これは本名だそうです。

この改名は芸人の活動としては「ほっしゃん。」の呼び方が浸透していることを考えると、ちょっとマイナスな面があるような気がします。そういう声もネットでは見かけますね。

ほっしゃん。いや、星田英利は、出身の大阪府阪南市観光大使への就任式に出席した時に、改名の理由をこう語ったようです。

「星田英利を名乗るのは、ほんまこの世界入ったころだけで、その後は(お笑いコンビ)チュパチャップスの星田で、チュパチャップスが外れて、ほっしゃん。になって、仕事をしてきて、はたと『本名でええ思いしてないな』と思って。生まれた名前に、ちょっとでも、ええ思いもさせてやろうと思ったんです」

引用元:nikkansports.com「ほっしゃん。」から本名戻した理由明かす

語り口は、ほっしゃん。いや星田英利らしく柔らかい感じが伝わってきますが、生を受けた名前を世に送り出したくて改名したという意気込みを感じる強い言葉ではないでしょうか。

人生論というと堅苦しくなりますが、人としてなんらかの結果を残すということは生きる意味でもあると思います。

人としての成功というものでしょうが、これを社長になるとか、ビジネスで成功するという人もいるでしょう。

また、社会に貢献するという言い方もあれば、親孝行するという人もいるでしょう。

こういった言葉は一つの側面を語ったもののように思えますが、「生まれた名前に、ちょっとでも、ええ思いもさせてやろうと思った」という改名の理由は、すべてを語っているような気がして何か底知れぬ深い意味を感じとらずにはいられません。

自分の名に恥じないという言い方はこれまでもありました。

これには、なにか受け身のような、あるいは生きていく上での条件付けのような感覚がありますが、ほっしゃん。の星田英利への改名の理由にはとても能動的で優しい感じがします。

土着なもの、地域、社会、両親…こういった自分の周りのものへの愛情を意識してしまいます。

さて、自分の名前をゆっくり振り返ってみましょう。自分の名前に良い思いをさせているでしょうか?

これからの生き方を考えなきゃならないなとちょっと思った瞬間でした。

かわいそうな名前にしてしまったな…

ちなみに、最初にあのうどんを見たのは、私立くちびる西高校の理科の授業でした。

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