Facebookのトリコロールカラーの賛否論争。なんだかウザいだけの感

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フランス国旗

Facebookのプロフィールアイコンをトリコロールカラーにすることについて賛否議論がありますが、どうでもいい感じがしています。単にウザいだけ。(こういうエントリー書くのもウザいことになりますけどもorz)

先日のパリでの無差別テロの被害に対して、フランスへの哀悼の意やテロには屈しないという意味などで使われているわけですが、好きにすればいいとも思う。

やってる人の思いって十分に理解できますからね。

それに対して、疑問を呈する人の言ってることもわからないでもない。これまでテロにあった人はフランスだけではないとかいうのも確かでしょう。中には偽善的行為だとかいうものもありましたが、それはどうかなとも思います。

でも、単にこれ、Facebookの機能がそうなってるだけの話なので、やってる人の思いは否定できるものではないと思います。

疑問を向けられるのなら、なぜFacebookは今回だけなの?ってことでしょう。それならわかります。

かといって、Facebookの技術者も今回だけというよりも、今回とっさに思いついてこういう機能を作って連帯しようと思っただけだとも思えるし、それについてどうこいえるようなものでもない。

今回のテロは米国の陰謀の結果で、それをFacebookのトリコロールカラー企画は連動しているとかいうトンデモ発言しそうな人もいますけど、そこまで行ったら何もかもトンデモ通信になりそうで、もう考えるだけ無駄。

まあ、どうあれ、テロに負けてはいけない。許されない。これだけは確認しておくべきことだと思います。このトリコロール論争自体は本質的ではないですよね。

そんなことよりも、メディアには「相手の言うことを聞こう。話し合いを!」みたいなのが流れているのを見ると頭が痛くなってきます。話を聞いてくれないのはあちらでしょうし。優等生的発言が通用する場面ではないことがわかっていないようです。

最後に

Facebookのアイコンがトリコロールカラーだらけになって、誰が誰なのかわかりにくくなってることには困ってます。(これが言いたかっただけっす)

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