すれ違う思いやりの心

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牛乳

お互いに気を遣いあって、かえって裏目に出ることはよくある。

狭い通路で歩いていたり、建物の入り口などで、向こうからやってくる人との道の譲り合いの動作が、いつの間にかお互いにフェイントの掛け合いになってしまうことなどが典型だろう。

こういうことはよくあること。

先日、家で牛乳を飲もうとした時の出来事。

冷蔵庫の中に、普通の牛乳と低脂肪の牛乳があったのだが、日付の古い順に先に飲むというルールしている。まあ、理屈ではそうなるでしょう。

一番古い普通の牛乳パックを先に飲んでいたので、そのパックが一番取り出しやすい手前に置いていることになります。

ところが、その普通の牛乳パックがひとつ後ろに下がっていて、一番手前に低脂肪の牛乳が開封されて置かれていました。

どちらのパックも開封している。手前から順番に飲むという理屈からすれば、この瞬間は低脂肪牛乳のパックを手に取るということになる。

しかし、ひとつ奥の普通の牛乳はこれより先に開封されて、すでに大部分が飲まれており、残りが少ない状態になっている。しかも開封から日数が経っている。

これはやはり量が少ないほうの普通の牛乳を飲んでさっさと片付けたほうがいいと思って、手前の低脂肪ではなく奥のパックを飲み干した。

ところが、この配置には家族の理屈があったようで、先に開封されていた普通の牛乳は残り少なくなっていたので料理に使おうということで位置を奥にズラし、かつ、私はいま体重を減らそうとしているので、普通の牛乳を飲むよりも低脂肪牛乳を飲むほうがいいだろうという心遣いから、低脂肪の牛乳パックを意図的に開封して一番手前に置いたということだった。

気を回して手前から飲んで欲しいと思っていた仕掛けを、私も気を回して後ろから飲んでしまったということになったのだ。

阿吽の呼吸とは、なかなかいかないもの。

もちろんこれが喧嘩の原因とかになるわけではないのでこの時はこれでも構わないのですが、世の中には気を遣ったばかりに、そしてその気遣いを理解しなかったがためにお互いに衝突してしまうってこともある。

気遣いや思いやりは目配りからはじまり、目配りたけでなく気配りを、気配りだけでなく心配りをって感じで、意図したことのその先があるものなんでしょう。

日本の「お・も・て・な・し」(滝川クリステル風)を発揮するのも、こんなところから考えないといけないのかもしれない。

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